近畿地方整備局が奈良市の平城宮跡歴史公園にて進めていた「第一次大極殿院東楼」が完成し、記念式典が開催されました。文化財建造物保存技術協会が設計、竹中工務店が施工を担当しました。建設当時と同じ国産ヒノキ材を使用し、槍鉋などの伝統工具を活用した復原事業として話題を呼んでいます。
整備中は見学用デッキが設けられ、5万人が来場しました。隣接する県有地では2031年度のオープンを目指し食文化の発信拠点も整備される予定です。
Q1.復原整備事業においてどのような伝統的工法が用いられたのでしょうか?
東楼復原の最大の特徴は、奈良時代の技法を忠実に再現している点にあります。整備局長の挨拶の通り、部材には国産ヒノキが採用されました。表面仕上げには電動工具だけでなく、古代の工具「槍鉋(やりがんな)」が活用された点も見逃せません。
槍鉋は独特の削り痕を残すのが特徴です。建設業に従事する技術者にとって、千年以上前の技術継承は職人の誇りを再認識させる要素です。現代の施工技術と伝統技能が融合した点が、本事業の成功の要因といえるでしょう。

テープカット
※画像は建設通信新聞さまからお借りしています。
Q2.なぜ現代に実物大の復原整備を行なう意義があるのでしょうか?
第一次大極殿院は、奈良時代に国家の最重要儀式が執り行なわれていた中心的な場所です。広大な敷地を誇り、大極門などの復原も完了済です。
今回完成した東楼は、730年前後に築地回廊を解体して増築された木造2階建ての建物です。歴史書には聖武天皇が宴を開かれた記述があり、東楼がその舞台として使われた可能性が高いと言及されています。日本の建築技術のルーツを後世に伝え、往時を体感できる生きた空間を提供することに直結するからです。
Q3.本プロジェクトは周辺の開発にどのような影響を与えますか?
復原事業は、地域活性化に直結する波及効果をもっています。奈良県知事の言葉の通り、奈良時代の平城宮には全国から食材が集まり、食文化の中心地としての役割を果たしていました。これを踏まえ、県は隣接地に2031年度のオープンを目指して「食文化の発信拠点」を整備する方針です。
国が管理する歴史エリアと、県が管理する食文化エリアの融合で、観光客を呼び込む相乗効果が期待されます。官民の連携による開発は、継続的な建設需要を生み出す起爆剤として機能します。

山下知事
※画像は建設通信新聞さまからお借りしています。
Q4.現場の安全管理や見学者への対応はどのように行なわれたのでしょうか?
近年、建設現場では「開かれた現場」の取り組みが求められています。本工事でも整備期間中に見学デッキが設けられ、5万人もの見学者が訪れたとのことです。一般的な現場では仮囲いで内部を非公開にすることが主流ですが、むしろ工事過程を公開し、教育コンテンツとして活用しました。
現場監督にとっては、一般見学者が行き交う環境下で安全確保を徹底しなければならず、高度な現場管理能力が要求されると同時に、建設業の魅力をアピールする絶好の機会となりました。
Q5.中小の建設業者や若手職人は、このニュースから何を学ぶべきでしょうか?
大規模工事の元請けは大手ゼネコンが多いものの、実際に手を動かすのは専門性の高い中小企業の職人たちです。槍鉋を扱える宮大工など、伝統的な木組みを刻むことができる技能者は極めて貴重な存在です。
中小企業にとって、自社の職人に特殊技能を習得させることが強力な差別化戦略となります。若手職人にとっても、千年前に建てられた建築物の構造を学び、同じ材料と道具を使って当時の息遣いを感じることは、技術向上への大きな刺激となるはずです。木と向き合う姿勢は、どのような現場でも通じる普遍的なモノづくりの精神です。
まとめ
第一次大極殿院東楼の完成は、現代の施工管理技術と伝統的な職人技が融合した快挙です。国産ヒノキと槍鉋を用いた施工は、日本の木造建築の真髄を示しているといえます。
工事中から見学デッキを解放して建設プロセスを発信した取り組みは、業界全体のイメージアップに貢献しました。今後は周辺地域の食文化拠点整備も控えており、地域活性化が期待されます。私たちも技術への探求心と、後世に物を残すという誇りを胸に、日々の現場作業に邁進していくことが重要といえるでしょう。
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