🏗️ なぜ制御盤の世界へ?──父の背中が導いた、異色のキャリア
坂本氏のキャリアは、一直線ではなかった。大学の経営学部に在籍していた頃、「手に職をつけよう」と早期に社会へ飛び出す決断をしたのが転機だった。
大学時代にアルバイトしていたバーで知り合った客から声をかけられ、NTT関連の通信工事に約3年従事。電柱にはしごをかけて光ケーブルを敷設するなど、現場の基礎を身体で覚えた。
その後、父が長年営んできた制御盤の仕事を本格的に手伝いはじめる。「経営に深く関わるようになって、会社をしっかり支えていかなければ、という意識が自然と芽生えてきた」という言葉に、経営への覚悟が滲む。税理士不在の時期には確定申告まで自ら対応し、経営全般を一から学んでいった。
40年以上にわたり屋号で営んできた家業を、2025年10月に株式会社化。「市起」として新たな出発を切った同社は、今まさに世代交代の真っ只中にある。
🔧 設計から製造・現場工事まで──市起の強みは「一気通貫の対応力」
制御盤製造は、ものづくり全体の中で設備の頭脳にあたる専門分野だ。たとえばFA設備を1台導入する際は、構想・仕様打合せにはじまり、機械設計、電気設計、制御設計、部品調達、機械加工・板金加工・機械組立、制御盤製造、機内電気配線、試運転調整、検査・立会、梱包・輸送・現地据付、現地立上げ・総合試運転、そして引き渡し・アフターサービスまで、多岐にわたる工程を経る。設備が複雑になればなるほど、各工程は分業化されていく。
同社が手がけるのは、その中核を担う制御盤の製作・検査・改造に加え、設計支援から機内電気配線・現地据付・改造まで対応できる一気通貫の体制だ。納入先はFA設備に限らず、ビル設備・プラント設備・各種インフラ向けまで幅広い。
「制御盤を組むだけでなく、設計の方も勉強したい。設計できないと、仕事を取るうえで弱い部分がある」と坂本氏は語る。現在は外部の協力設計者と連携しながら設計案件も受注しており、将来的には自社内で設計から製造、現地立上げまで完結できる体制を目指している。
また、設計・製造・据付といった各工程を部署として分けていく構想も持っている。「全部できるプロフェッショナルを求めるのではなく、各部署に特化した人材を育てていきたい」という方針は、中小製造業が人材育成で直面する課題への現実的な回答でもある。三菱電機のシーケンサーをはじめ、オムロン・キーエンス等の各社PLCにも対応できる技術力も、同社の強みのひとつだ。
⚠️ 高齢化・技術継承・人材不足──制御盤業界が抱えるリアルな課題
制御盤業界は、ものづくりの中でも特に高齢化が進んでいる分野だ。「長年現場で腕を磨いてきた先輩方が中心の業界で、教え方も人それぞれ。若手がポンと入って馴染むには、少し時間のかかる世界だと感じます」と坂本氏は率直に語る。一般的な電気工事に比べると若手の参入も少なく、技術の継承が大きな課題となっている。
裏を返せば、若い世代にとっては競合が少ない、伸びしろのある業界でもある。市起はこの業界構造を冷静に見据えながら、法人化を機に、設計ソフトの整備や経験ある人材の確保など、会社の基盤を固めるための投資を着実に進めている。仕事量と人員配置のバランスを慎重に見極めながら成長を図る姿勢は、堅実な中小製造業の経営者そのものだ。
坂本氏自身も、業務の合間を縫って勉強を続けている。「今の時代はAIに調べさせれば専門用語の解説も出てくる。向上心さえあれば吸収できる環境はある」と前向きに捉えており、その姿勢が若い世代の経営者らしさでもある。
🌱 組織として強くなるために──部署整備と人材育成に懸ける想い
坂本氏が今もっとも力を注いでいるのが、設計・製造・据付という各工程を担う部署の整備だ。現状はすべての工程を少人数でこなしているが、「一人ひとりの役割を明確にして、各部署に特化した人材を育てていきたい」という方針のもと、組織としての土台づくりを進めている。
とりわけ優先しているのが、設計を担える人材の確保だ。制御盤製造において設計力は受注の幅を大きく左右する。「設計の基礎がわかっている人であれば、応用も利く。そういう経験者を迎え入れて、ともに仕事を広げていきたい」と坂本氏は語る。
現場に立ちながら、経営も担う──坂本氏自身が日々体現しているこのスタイルは、市起の文化そのものでもある。設計ソフトの習熟や電子機器の知識を地道に積み上げる姿は、「向上心さえあれば吸収できる」という言葉に説得力を与えている。
設計・製造・据付それぞれの部署が機能するかたちが整えば、対応できる仕事の幅も広がり、会社としての信頼も高まる。足元のものづくりを着実に進めながら、次のステージへ歩みを進める株式会社市起の姿に、この業界の未来が重なって見える。
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取材を通じて印象的だったのは、坂本氏の「今できることを積み上げながら、業界の課題を解決したい」という姿勢でした。自ら現場に立ちつつ、設計の習得から組織づくり、AIの活用まで、できることを片っ端から取り込んでいく──制御盤という専門性の高い分野で、技術と経営の両面から未来を切り拓こうとする若きリーダーの挑戦から、目が離せません。