🏗️ なぜ建設業を選んだのか?ライバルの少ない戦場を狙った18歳の決断
佐々代表が建設業の世界に飛び込んだのは、18歳のときだった。当時の建設業は「3K(きつい・汚い・危険)」と呼ばれ、若者には敬遠されがちな業界だった。しかし佐々代表はそこに逆に可能性を感じた。
「比較的ライバルが少ない。そう考えると、あえて厳しいと言われているところへ行った方が、上に行くまでの時間がかからないんじゃないかと」
当初は母方の叔父が営む看板・日よけ工事の会社に1年弱勤めたが、身内ゆえの摩擦を感じて退社。もともとやってみたかったとび工事の世界へ転じた。厳しいと言われる業界だからこそ挑みたい、という気持ちが後押しした。
20代半ばで個人事業主として独立し、数人を抱えてスタート。当時はまだ個人でも受注できる時代で、福利厚生の整備も今ほど求められていなかった。その後、建設業許可の取得に必要な実務経験8年をちょうど積んだタイミングで、2006年に法人化した。
「人生には波があると思うんです。そこにちょうどうまく乗れた、そういう感じですかね」
🔧 「できない」とは言わない。──難案件に挑み続けた先に生まれた強み
佐々代表には、長年変わらない仕事への姿勢がある。元請けや取引先から難しい依頼が来ても、まず「できる」と答える。「できません」も「待ってください」も、言ったことがないという。
「お客様の信頼イコール次の受注なんです。だから責任をもってやる、というのが昭和の人間としての一番のこだわりです」
その言葉は口だけではない。ホームページのトップに掲載されている鉄骨の写真は、サルベージ(大型クレーン船)で九州から運び込んだ約200トンの案件だ。依頼を受けた当時、その規模の工事は初めての経験だった。
「見たこともないし、やったこともなかった。でも"できる"と二つ返事で答えました。それから勉強すればいいことなんで」
できないと言わないから、やり方を考える。やり方を考えるから、技術と経験が積み重なる。その繰り返しが、祐喜興業の現在の専門性を作ってきた。
⚠️ 施工計画書と自前機材──「できる」を裏付ける二つの武器
「できない」と言わない姿勢を支えているのは、精神論だけではない。祐喜興業には、それを現場で実現するための具体的な武器がある。
1つ目は、施工計画書だ。AutoCADを使い、現場の図面をコマ送りで描き起こし、機材の選定から作業手順、万が一の安全対策まで可視化した提案書を必ず作成する。
「口頭で説明するのではなく、図面で示す。どこに何があって、万が一の時もここで品物を支えているから下に落ちることはない、という安全の根拠を全て計画書で説明します。これをやっていない現場はうちにはない」
2つ目は、自社で保有する専用機材だ。重量物の据え付けには、チルローラーなどクレーンでは代替できない専用道具が不可欠で、1台20万円以上するものを最低4台揃える必要がある。
「儲かったら高級車を買うタイプではないんです。次のステップに進むための投資をするのが私のスタンスで」
この積み重ねが、キュービクルやトランスの設置、工場内の大型機械移設など、同業他社が対応しきれない案件を引き受けられる体制につながっている。
🌱 生きてる限り発展途上──60歳の現場人が描く、これからの形
60歳を迎えた佐々代表に今後の展望を聞くと、肩の力の抜けた言葉が返ってきた。
「健康寿命はあと10年ちょっとかなとは思っています。後継者も今のところはっきりとはいないのが正直なところで」
ただ、その言葉に悲観のニュアンスはない。社員4名の少数精鋭に信頼できる協力会社のネットワークを組み合わせた現在の体制なら、自分が手を引いた後も形を変えながら仕事を続けていけると見据えている。
「技術が高くても経営の手腕はまた別の話。自分の代でやってきたことを誰かに引き継ぐのは、単純じゃないんです」
それでも、佐々代表の視線は前を向いている。
「生きてる限り発展途上だと思っています。匂いを感じたら動く。まあ、本能で生きてるようなところですよ」
40年間、「できない」とは言わずに現場と向き合ってきた。その積み重ねが今の祐喜興業であり、これからもその姿勢は変わらない。
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取材を通じて印象的だったのは、「できない」と言わない姿勢が単なる根性論ではないという点でした。施工計画書・自前機材・協力会社ネットワークという裏付けがあるからこそ、その言葉に40年分の重みがあると感じました。