🏗️ 材木屋からフィルム、そして看板へ──カスタムの40年はどう始まったのか?
株式会社カスタムのルーツは、看板とはまったく異なる業種にあった。
「もともと前身会社が材木屋だったんですね。で、40年ぐらい前になりますか。ダイノックシートというものが発売されまして」
ダイノックシートとは、木目調などのデザインを施した内装用フィルムのこと。3M社が開発し、建築・内装業界に急速に普及したこの素材にいち早く目を付けたのが、カスタムの先代社長だった。
「これから建築業界はこのフィルムが木材に取って代わっていくぞという流れに乗って、サイン・内装サイン関係に業態を切り替えた。フィルム張りがスタートで、そこから金属・パネルなど色んな形の看板に手を広げていったという流れです」
そうして看板業者として確立したカスタムに、鈴木氏が入社したのは今から約25年前。ただし、当初から看板担当として入ったわけではなかった。
「入社する前は、貴金属の加工会社で営業をやってたんですよ。まったく畑違いでして。先代社長の夢として、本業のサイン以外の事業も拡大していきたいということで、その担当として最初は入ったんですけれども、やっぱりなかなかうまくいかなくて。それでサインの方に移って、今があるという形ですね」
異業種からの参入、そして現場での経験の積み上げ。その歩みが、鈴木流の経営哲学の土台となっている。
🔧 「うちなら2日でやります」──老舗の技術力が生み出す圧倒的なスピード感
カスタムの最大の強みとは何か。鈴木氏はまず「スピード感」を挙げた。
「相見積もりで同じ工事をカスタムとA社・B社に出した場合、工程が違うんですよ。うちだったら2日でやりますよってところを、他が4日かかりますとか。うちだったら一人で貼れるところを、向こうは3人かけて貼りますって言うんです。我々からすると、なんで3人もかけてやるの?って」
この差はどこから来るのか。鈴木氏は「職人の技術」と即答した。
「我々カスタムとしては、初期のダイノックシートが発売された時からスタートして、技術としての歴史がある。後発で独立された職人さんが今は多いんですけれども、その分うちには経験の厚みがある」
人員も日数も少なくて済む──それはそのまま、顧客にとってのコストメリットに直結する。
「もちろん相見積もりで負けることもありますけれども、割とお話いただけることが多いですね。経験値と技術力、そして業界でのネットワーク。老舗ならではのつながりもありますから」
また、仕事のクオリティへの哲学も印象的だ。
「我々は細かいところまで気にして施工しますけど、お客様はそこを見てなくて、全体像で喜んでいただけるということはあります。ただ、細かいところを手抜きしてあとで剥がれたりしたら、逆に信用がなくなりますから。そこはちゃんとやる」
見えないところにこそ手を抜かない。それが、長年の顧客との信頼関係の根底にある。
⚠️ 70代の職人がまだバリバリ現役──業界の高齢化と、民間直受けへの転換
看板業界が抱える課題は深刻だ。職人の高齢化と後継者不足は、カスタムも他人事ではない。
「協力してもらっている職人チームが50前後でして。それでも業界で言うと比較的若い。70代前後の方がまだ現役でバリバリやられてる世界なんです。じゃあ10年後この人達が居なくなったらどうなっちゃうのっていう心配はありますね」
一方、カスタムは自社でのチームを基本としており、外部の協力会社を探す機会は多くない。同業他社の評判も業界組合のネットワークから直接確認する、アナログかつ堅実なやり方が定着している。
「ホームページだけだとちょっとやっぱりね。業界は狭いのでどこかとどこかがつながっていたりすることも多くて、直接話して評判も聞けますから」
また、鈴木氏が意識的に取り組んでいるのが「民間の直接発注」の比率を高めることだ。
「二重・三重の下請けは美味しくないんで、全くしないです。直接のお客さんか、元請けかというところで仕事をしています。代理店を通すと企業名もなかなか掲載してもらえなかったりするし、うちが利益を取れる分だけ実際の受注価格も上がってしまう」
代理店に頼らない直受けを追求することで、適正価格での受注と顧客との直接の関係が築ける。リーマンショック時は苦しんだが、コロナ禍では出光・シェルの合併に伴う全国規模の看板付け替え案件が3年間にわたって動き続け、「コロナで逆に儲かったぐらい」だった。長年の信頼関係に基づく安定した仕事が、危機耐性にもつながっている。
🌱 「嫌いな仕事はしない」──ブルーカラーの可能性と、次の世代へのメッセージ
鈴木氏が大切にしている信条を聞くと、飾りのない言葉が返ってきた。
「結局、人対人だと思ってるんで。お金の安さだけじゃないよっていうところですね。クライアントも人が合わないなと思ったら断れちゃう立場にいるので。嫌いなクライアントはやらない、嫌いな職人さんとはやらない。多少売り上げが下がってもいいやって。楽しく仕事しようよ、ということなんです。今ストレスはゼロです」
後継者については、大学生の息子が2人おり、「まずは外に出て、社会を見てから戻ってくるなら戻ってくる」という考え方を持つ。焦らせず、でも席が永遠に開いているわけでもないと伝えつつ、温かく見守っている。
若い世代へのメッセージも、現場の実感に満ちていた。
「まだまだITやホワイトカラーの方がイメージがいい職場という印象があると思うんですけれども、これからはブルーカラーが儲かっていくようになると思います。看板業は、土木・基礎工事とはまた違って、出来上がった建物のお化粧をするような仕事。最後に現場に入って、仕上がったお客さんの反応を直にいただけて終われる。就職活動で掘り下げていかないとたどり着かない業界かもしれないけれど、悪くないよということは伝えたいですね」
看板は、お店や企業の顔だ。その顔を綺麗に整える職人として、40年近く江東区で積み上げてきた技術と信頼がある。「楽しく仕事をすること」を軸に据えたカスタムの姿勢は、中小建設・施工業が今後進むべき道の一つのかたちを示しているように思えた。
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取材を通じて印象的だったのは、鈴木社長の「ストレスゼロ」という言葉の背景にある、40年分の選択の積み重ねでした。好きな仕事、好きな人とだけ向き合う。その姿勢こそが、老舗としての品質と安定を生み続けているのだと感じました。